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欠けた自分を映し出す穴
二つの高層ビルを上部で連結させた特徴的なランドマーク。連結部には穴があけられ、空中庭園として円環状の通路を歩く展望台になっている。穴の内側にはすぼまるように傾斜した部分があり、その表面一帯が鏡面パネルで覆われている。わずかに角度の異なるパネルの連なりには、通路を行き交う人々や中心を眺める自分の姿が空とともに細かく断片化されて映り込む。
「何かが足りない それでぼくは楽しくない
足りないかけらを 探しに行く
ころがりながら ぼくは歌う
『ぼくはかけらを探してる
足りないかけらを探してる
ラッタッタ さあ行くぞ
足りないかけらを探しにね』」
シェル・シルヴァスタインの絵本「ぼくを探しに」の主人公は、パックマンのような見た目で、丸い体の一部が欠けたまま世界を転がっていく。やがて自分を補完するピースに出会い完全な丸になるが、欠けていたからこそ出会えた出来事の豊かさに気づき、あえて不完全なまま生きていくことを選び直す。
ひらけた空と360度の都市の展望のもと、断片化された自分や他者の像を横目に丸い通路を歩いていると、ふと自分もどこか欠けを抱えたピースであるように感じられる瞬間がある。
こうした欠けを抱えた存在の肯定は、設計者・原広司が提唱した有孔体理論にも通じる。曰く、「はじめに、閉じた空間があった—と私は発想する。この閉じた空間に孔をうがつこと。それが即ち生であり、即ち建築することである。」
高所にぽっかり穿たれた穴から空を眺める時間は、欠けを抱えたまま生きてよいのだと、そっと思わせるような力があった。
【参考文献】
・シェル・シルヴァスタイン, 倉橋 由美子(訳):ぼくを探しに, 講談社, 1979.4
・原広司:空間〈機能から様相へ〉, 岩波書店, p.164, 2007.12
真の主体性に気づかせる過剰な小屋組
災害復旧のもとで新しく整備された義務教育学校。
学校の理念や教育プログラムは急ピッチで刷新され、それと対応するように建物は平面も断面も絶えず変化し、同じ空間が一つとしてないような変化に富んだ空間が実現している。
「いまふれた構築的で半ば開かれた空間というのは,もとよりそういう絵柄として表れているということなのだが,同時にいまひとつ,遠近法の意識的な採用によってそういうイリュージュンを強めていることもたしかである.矛盾したといいまわしになるのを承知で,それを,開かれているが閉じられてもいる空間と呼んでおこう.つまり,視覚の法則に馴らされた眼には描かれた対象が実在しているように写る選近法を利用して,見る者を限定された区城としての閉ざされた画面に引き寄せておきながら,歪んだ(あるいは誇張された)遠近法が人を落着かなくさせる心理的効果を活かしながら,見る者をいっきょに非現実的な虚構としての広がりへ放りなげてしまう.ここではいわば,虚々実々の奥行きを展開する遠近法の機能が凍結させている.ちょうどそれは遠近法によって描かれた舞台を思わせる.」
上の引用は、様々な芸術作品にインスピレーションを与えてきたピラネージによる一連の銅版画「牢獄」を紹介するものだ。私はこの作品を観たとき、牢獄という作品名とは似つかわしくない壮大で活気に満ちた空間に魅了された。
この建物も、ピラネージが描いた空間のように、通常の学校でみられる空間のスケールからは逸脱しながら、木造の小屋組がその過剰さを測る物差しのようにその巨大さと異質さを際立たせている。
「そして見る者の意識は,『牢獄』に閉じ込められてしまうのでなく,描かれた『牢獄』という中間の空間に宙吊りにされてしまう.それははたして苦痛なのだろうか,それとも歓びなのだろうか.…ピラネージのさしだしたイメジとこの風景は互いに浸透し,そこに牢獄として凍結された現実が立ちはだかってくる.しかしこのことに絶望したって詮がない.たぶん現実が,いわば過去を生かしている廃墟であることをそのまま認めるところから,生きることへの渇望が湧き出し,自発的な行為が促されるのである.」
この学校は「自分が“世界”と出会う場所」をコンセプトとして、一人ひとりの主体性が発揮されることが目指されている。
主体性の発揮とは、何もかも選ぶことができる状態で好きに行動することではない。むしろ、拘束がある状況の中で、にもかかわらず拘束を条件に世界と自由に関わること。それが本当の主体性なんだと、自ら気付かされるような空間だった。
【参考文献】
・岡田隆彦:ピラネージの銅版画-牢獄として凍結された現実「牢獄シリーズ」より-, みづゑ, No. 845, pp. 54-66, 1975.8
透徹した幾何学と希望の体感
広島市全域から排出される可燃ごみの処理場。丹下健三によって見出された原爆ドーム、原爆慰霊碑、平和記念資料館を結ぶ平和の軸線が遮られず海の向こうまで伸びていくように、壁のような建物の間に道路幅がそのまま垂直に立ち上がるようにガラスの立面が設けられ、吹き抜けの中には焼却炉が鑑賞できる小さく長いトンネル状の通路が挿入されている。
「コブ:夢を見ている間はそこが現実だ。目覚めて初めて変だと思う。ここからが夢だって分かってる夢はない。知らぬ間に夢の中にいる。
…
アリアドネ:物理的なルールを無視したら?
ト書き:彼女は通りに『集中』する。通りが『半分に曲がり』始める──両側の建物が『それぞれの平面でそれぞれの重力を効かせながら、都市が立方体の中でくるまれた』ようにになるまで『折りたたまれる。』アリアドネは反対側の都市の表面にいる人々を見上げる(あるいは見下ろす)。コブは彼女の興奮を見つめる。
アリアドネ:やるでしょ。
コブ:そうだな。」
映画・インセプションは夢の中の世界が舞台になっており、ある夢では通りが跳ね橋のように立ち上がり頭上に折り畳まれていくシーンが精巧なCGで描かれる。この映画にとって、夢は人間が実際には目で見ることができないという点で、画面に通常とは異なるもう一つのリアリティを立ち上げることが肝心な映画にとってふさわしいモチーフになっている。
この処理場を設計した谷口吉生は、線や面といった幾何学を都市の中に控えめに埋め込み、その幾何学が3次元の空間に立ち現れることでユニークな体験を生んでいく手法を用いる。その際、人間が線や面といった幾何学を純粋な水準で体感できるように、設計者は目地や割付といったディテールをとことんまで突き詰め、物としての厚みや存在感を消していく。
この建物でも、その手法はとりわけガラスの吹き抜けに現れている。吹き抜けの立面が純粋なガラスの面として体感できるように、梁は屋根が厚みを持たないように逆梁(梁を水平面の上に設けること、ここでは屋根の上に梁のトラスが突出している)にした上で、人が通過する動線は吹き抜けとは異なるトンネルを別に設けてガラス面を貫通させる。その結果、道路に重ねられた平和の軸は、垂直に折れ曲がって空に抜けていくような体感を生む。そこでは、人や物の存在は注意深く遠ざけられ、そうして地図上に引かれた軸線がようやく空間として現前する。
この処理場は、原爆という凄惨な出来事の記憶を背負いながら、それでも平和を望むという、およそ現実離れした希望を体感することが期待されているように感じる。それはインセプションにおける夢と映画の関係のように、おそらく純粋な幾何学を都市と建物のスケールで透徹させることでしか釣り合わないものだったのだろう。
そう考えると、確かにこの建物の体感は、儚げだが確固としたリアリティを持つ、夢のような質を持っていたように感じる。
【参考文献】
・Christopher Nolan: INCEPTION, The Internet Movie Script Database (IMSDb), https://imsdb.com/scripts/Inception.html (Accessed 2025/11/11) *ト書きの日本語訳は筆者によるもの
庇の下でふと起こるケア
成長期に開発された住宅地の中心に、かつてのスーパーマーケット跡地を再生するかたちで、認知症グループホーム・小規模多機能型居宅介護・就労継続支援・放課後等デイサービスなどが集められた福祉拠点がつくられた。屋根付きの半屋外空間であるロッジアを設けて、複数のケアの場がゆるやかにまとめられている。
設計者はロッジアに、「暇も集いも愉しむ場」としての魅力を見出す。この建物でも、商店街の庇と呼応するように1.5間の大らかな庇が広場に面して張り出し、縁側や小上がり、吹き抜けなど、いくつもの居場所がロッジアとして重なり合う。庇の下では、内部と外部の境界がゆるみ、人々が目的や役割からいったん解放されて時間を過ごす余白が生まれている。
「他人へのケアといういとなみは、まさにこのように意味の外でおこなわれるものであるはずだ。ある効果を求めてなされるのではなく、『なんのために?』という問いが失効するところで、ケアはなされる。こういうひとだから、あるいはこういう目的や必要があって、といった条件つきで世話をしてもらうのではなくて、条件なしに、あなたがいるからという、ただそれだけの理由で享(う)ける世話、それがケアなのではないだろうか。」
縁側に座っていると、風に煽られた物干しが倒れた。私が元に戻そうと体を起こそうとしたそのとき、自転車で遊んでいた子どもが先に走り寄り、何気なくそれを直した。
その動作は、誰に頼まれたわけでもなく、ほとんど反射のようだった。
ロッジアが、ただそこにいることを整えていたからこそ、身体の反応を自然に引き出したといえるかもしれない。
とても些細な場面だったが、そこには目的や義務から自由になった、根源的で、それでいて軽やかなケアの姿が立ち上がっていた。
【参考文献】
・金野千恵:ロッジア-世界の半屋外空間 暇も集いも愉しむ場-, 学芸出版社, pp. 28-31, 2025.3
・鷲田清一:「聴く」ことの力-臨床哲学試論-, 筑摩書房, pp.194-195, 2015.4
ひそやかな自由
大学は、学問の自由を体現するビルディングタイプだと信じている。もともと大学は、教師と学生による自治活動から始まり、それが都市へ空間的に定着し、やがて原っぱを意味するキャンパスが生み出された。このとき、大学が自らのアイデンティティを体現するときの空間的な仕掛けは、おそらくオープンスペースを内包して都市と接続することによって「誰にでも開放されている」ことにあった。
その点、札幌市立大学は開放的な空間という点ではいくぶん不利にみえる。
郊外の立地であることに加え、山を造成してできた高低差のあるキャンパスは、誰にでも開放されているとは言い難い与件をあらかじめ背負っている。
それでもこの大学がなお空間の開放性を通じた学問の自由を体現するために、設計者はいくつもの空へのまなざしを用意したのだと思う。
具体的には、山を突っ切る143mのスカイウェイでは空が横に見え、空の中に浮いているような浮遊感のある体験ができる。8mの吹き抜け空間にはトップライトが設けられ、降り注ぐ光は自然と視線を上に向かせて空を見上げる。エントランスでは、すっくと伸びた二つの塔とそれに挟まれたガラスの箱がアイコニックで、それを見ているといつの間にか空が背景として目に入っている。
「―――おーい、君の家が虹の中にあるぞオ 乗客たちは頬を火照らせ 野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて 村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう 他人には見えて 自分には見えない幸福の中で 格別驚きもせず 幸福に生きていることが――。」
この建築は、ストイックな仕上げもあいまって多くの大学が持つような開放的で大らかな自由は感じられない。しかし、ひらけた空と様々に向き合うことで、知らず知らずのうちに私たちはひそやかな自由を得ている気がする。
【参考文献】
・ 吉野弘:虹の足, 現代詩文庫119 続・吉野弘詩集, pp. 68-69, 思潮社, 1994.4
「にもかかわらず」で満ちた空間
初出:建築ジャーナル 2024年12月号「連載:希望のプロジェクト」、以下は一部を抜粋したもの
統合失調症やアルコール依存症といった精神障害に対するケアで国内外から高い注目を集め続ける社会福祉法人「浦河べてるの家(以下、べてる)」が運営するコミュニティカフェ。通り沿いの何の変哲のない3階建ての住居付き店舗に唐突にストローベイル工法による土壁のデザインが持ち込まれることによって、スローライフの理念の純粋な体感とは異なる独特の味わいある体験が得られるものになっている。
まず、外観は、1993年から進められた大通の拡幅工事の際に定められた建築協定によって統一された三角の屋根形状に従いつつも、その表面、しかも正面のみを周囲とは異なる黒い塗り壁で仕上げることで、どこか看板建築のような趣が与えられている。また、建物の中に入ると一転して、黄土色の土壁と荒い板張りに包まれた明度の低い空間が奥行きを持って体感できる。奥行きを強調しているのは襞のような板張りの天井で、天井の上端を黒く仕上げることで奥へと伸びる襞の存在感が際立たって感じられる。一方、床の上に置かれた什器やモノは、いかにも福祉の現場らしい雑然としたありさまだ。あり合わせのものがそこかしこに置かれ、雑多な雰囲気がつくられている。総じて内部空間は、通常私たちが体感することの多い明るく清潔であることが目指される空間では決してなく、手触りに満ち、利用や改変の痕跡にまみれたどこか猥雑な印象すら与えるものになっている。さらに、このカフェは、当事者たちの自主的な試行錯誤によってつくられ運営されているという点でいわゆるコミュニティカフェに該当する。コミュニティカフェは通常、誰もがサービスの与え手にも受け手にもなりうることが目指され、カウンターなどの什器によって店員と来訪者の役割が明確に区分されるような設えは避けられることが多い。ここでも、キッチンと客席に挟まれたスペースが現在はスタッフの作業場所になっており、それらの境界はストローベイルでつくられた可動式のカウンターによって曖昧に仕切られている。
ところで、べてるで語られる言葉の中には、たびたび“にもかかわらず”という接続詞が用いられることがある。例えば、「それは、幸せとは無縁で、ずっと行き詰まりや苦労の多い人生でも、にもかかわらず“機嫌よく生きていこう”という『浦河べてるの家』(以下べてる)の歩みの中から培ってきた生きかたと暮らしかたを表したものです」「精神障害の幻覚妄想の体験は、時に深刻な話題になりがちです。しかし当事者研究という場には、いつもユーモアと笑いが絶えません。ユーモアの定義の一つに、『にもかかわらず笑うこと』があります。『ユーモア』は、究極の生きる勇気だとも言われています」といった具合である[1a,2]。これらのフレーズの中に埋め込まれた“にもかかわらず”には、それまでに示された内容を踏まえた上で転回を行う“反転”の運動が組み込まれており、べてるの取り組みのエッセンスを示す上で極めて重要な機能を担っている。
出来上がった「カフェぶらぶら」にも、上記のような“にもかかわらず”を示唆する空間的な仕掛けが幾重にも存在する。例えば、都市的な環境に存在している“にもかかわらず”循環型の自然素材が用いられ、基本的な建物の要素は近代的で平凡な建物“にもかかわらず”猥雑で異質なデザインが随所に施される。外見は正面のみをマットな塗り壁で仕上げた“にもかかわらず”内部は質感のある空間が奥行きをもって全面的に広がる。さらに、一般営業も行うカフェである“にもかかわらず”店員と来訪者を仕分ける空間の境界は曖昧で、しかもその仕切りとして機能しているストローベイルのカウンターは、湿式工法のため本来は固まった時点で動かせなくなる“にもかかわらず”足元にはキャスターが付けられて可動できるようになっている(洗練されたデザインや合理性を目指すならやらない方法だろう!)。こうした空間的な仕掛けは、おそらく意図的ではなく結果的に出来上がっているものだと推察できるが、こうした“にもかかわらず”で満ちた空間が素朴で手触りのある仕上げでまとめ上げられることによって、この空間を体験する私たちは、知らず知らずのうちにべてるの取り組みの根底にある「そのままでいい」というメッセージを感じ取ることができるようになっている気がする。
「安心して絶望できる人生。」べてるには、希望にまつわるこんなフレーズがある。そこには、「苦痛であった『病気』が、現実の『苦労』に変わり、そして、避けて通ることのできない『苦悩』の領域に、みんなで『降りていく生きかた』の中に、“人生の回復”がある」という、絶望と希望が共存した生きることへの地に足のついた確かな感覚がある[1b]。希望は絶望とともにあり、絶望によってこそ生まれる連帯があると信じて疑わない。悩み、迷い、苦労しながら生きる人間として、私も見つけていきたい。絶望でも希望でもある生きることの奥深さと実感を、安心して絶望できる場所を、「自分自身で、ともに。」
【参考文献】
[1] 向谷地生良, 浦河べてるの家:新・安心して絶望できる人生-「当事者研究」という世界-, 一麦出版社, 2018.8(引用箇所はa:p.4, b:p.5)
[2] 伊藤知之:「笑う力~ユーモアの大切さ」-べてるの家の笑いと当事者研究-, ノーマライゼーション:障害者の福祉, 日本障害者リハビリテーション協会, 第33巻, 第379号, 2013.2,
https://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n379/n379005.html (2024.11.1閲覧)
コミュニティが表出するロッカー
利用者の自治を促し、コミュニティが育まれるような建物のあり方にとりわけ心を砕く建築家が設計した地方大学。
オープンな人間関係の構築と大学への帰属意識の両方を育むことができるよう、大きな吹き抜けをどこからでも感じられ、ひな壇状の共用スペースを設けて大学構成員による自治のあり方が一見して感じられるようになっている。
しかし、私がこの建物で強く印象に残ったのは、その壮大な吹き抜けや共用スペースではなく、それらの大空間と比べると不釣り合いに小さなロッカーだった。
「心理システムと社会システムの結びつきを可能にしているのは、互いにそれぞれの再生産のために他方を必要としているということであり、またそうした相互浸透の継続的な現実化を可能にしている意味形式、つまり図式化の可能な差異の意味形式が見いだされるということなのである。」
雑然と散らかった物の様子を見ると、私はそこにリアルな社会があることをしばしば実感する。おそらくそうしたシーンには、個人の行為と社会のシステムの双方が同時に浮かび上がるからである(物が散らかっているシーンには、散らかした人間の行為と管理が行き届かないシステムの不十分さのどちらもが際立っている!)。社会には人間とシステムのどちらもが必要で、両者が際立ったときにその存在を強く実感することができるのだろう。
同様に、この建物がコミュニティを感じさせるとすれば、それは建築家が仕組んだ設計のコンセプトでもなく、かといって構成員による秩序だった利用でもなく、むしろそれらのほころびにこそある。
ロッカーの上に置かれた物たちは、この場所にしか置けないといったような具合で、必然性を持ちながらも雑然と並べられている。溢れ出した物たちを見たとき、それらがコミュニティの構成員の存在を感じさせるロッカーの上に置いてあることも相まり、そこに生き生きとした自治の気配を感じた。
【参考文献】
・ ニコラス・ルーマン, 佐藤勉 (訳):社会システム理論 上巻, 恒星社厚生閣, p.369, 1993.1
三角屋根が駆り立てるコンヴィヴィアルなスキル
ケアを起点にした農業の6次産業化に取り組む体験型の福祉施設。設計者は、都市と地方のライフスタイルをいいとこ取りしたイタリアの別荘様式のヴィラを参照し、三角屋根を4つ集合させた特徴的な屋根のもと、求められる機能をコンパクトな間取りに収めた上で、敷地外へのスムーズなアクセスを確保する回廊やポーチを設けた(ヒトやモノの移動はもちろんのこと、薪をストックするといった資源の時間をつなぐアクセスも実現している!)。
「つまりわたしたち日本人は、あの小さなぼやぼやとした草小屋から、だんだんと工夫をかさねて、色といいまた形といい、今までまるで見られなかった美しいものを築きあげて、それを全国にふきゅうさせたのであって、だれの力ということがたずね難く、また毎日見なれてしまったゆえに、これをあたりまえのように思う者ばかり多くなったが、人が集まって大きな事業をなしとげ、かつ生活を改良したという点から見れば、これもまた民族の一つの記念、一種のピラミッドであったと言うことができる。」
民俗学者の柳田國男が民家の三角屋根について説く随筆には、上記の印象的な一説がある。ここ以外のほぼ全ては三角屋根の機能面からその重要性を説いているが、この箇所だけ三角屋根が持つシンボリックな側面についてピラミッドを引き合いに出しながら述べている。この建物でも、設計者が誇張気味のキャッチーな屋根を4つ集合させたのは、この建物がシンボルとなり様々な人やモノが集まってくるようにと願ったからに違いない。実際、この建物を媒介に人々は集まり、生き生きとしたスキルをフル稼働させていた。
【参考文献】
・ 柳田國男:三角は飛ぶ, 青空文庫, 1945.9,
https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/53813_50717.html (2024年5月1日閲覧)
途方もない断片のかたまり
造船業で栄えていた際に使われていた長屋を建築家が主導してギャラリーやカフェ、テナントなどの地域の文化芸術拠点として利用している。その際、建築家は下町の店舗付き住居として使われることで長年蓄積されてきた建物の記憶を部材と一つずつ向き合い、その都度それらの部材の活かし方を考えることで建物の記憶を拾い上げ、モノに込められた様々な時間が建物という一つのかたまりとして集積した独特の質となって空間に立ち現れている。
「私には幼稚園ぐらいのときに奇妙な癖があった。路上に転がっている無数の小石のうち、どれでもいいから適当にひとつ拾い上げて、何十分かうっとりとそれを眺めていたのだ。広い地球で、『この』瞬間に、『この』場所で『この』私によって拾われた『この』石。そのかけがえのなさと無意味さに、いつまでも震えるほど感動していた。」
「…世界のいたるところに転がっている無意味な断片について、あるいは、そうした断片が集まってこの世界ができあがっていることについて、そしてさらに、そうした世界で他の誰かとつながることについて、思いつくままに書いていこう。」
社会学者・岸政彦は、社会を考えるとき人々の語りの中にあるディテールにこだわり、そうした無数の断片的で無意味とも思えるディテールの集積にも、人々の生活の集積によってしか社会は成立しないという真理が潜んでいることを述べる。この建物からも、人びとの生活の、その一回きりの選択の膨大な集積でできあがっている途方もなさと儚さが手触りをもって感じられる。
【参考文献】
・ 岸政彦:断片的なものの社会学, 朝日出版社, pp.2-8, 2015.5
清々しい持ちつ持たれつの関係
東日本大震災後の復興事業の一つで建てられた図書館や公民館、子育て支援機能が主として複合された公共施設。異なる機能の融合が目指されたのに対し、建物は床がずれながら積層し、それらがスロープや階段でつながることで応答している。
「『自立』とは、依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。『依存先を増やしていくこと』こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべての人に通じる普遍的なことだと、私は思います。」
脳性麻痺の当事者で小児科医でもある熊谷は、独り立ちとは異なる、持ちつ持たれつの関係こそが自立を成立させるのだという示唆に富む問題提起をしている。表情の異なる面で構成される床が壁で取り囲まれず、移動空間を介して持ちつ持たれつの場を展開していく。爽やかなモノたちの取り合いが生み出すこの建物には、清々しく依存し合える気持ちの良い場所があった。
【参考文献】
・ 熊谷晋一郎:自立とは「依存先を増やすこと」, 全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連) 「学生の心と体に寄り添う:保護者のための大学生活入門」,
https://www.univcoop.or.jp/parents/kyosai/parents_guide01.html (2024年4月15日閲覧)
ありそうなもののありそうもないかたち
「われわれは『あるもの』(A)を『あるものではないもの』(非A)から区別する営みを不断に行なっている。われわれのすべての営み──生きているということ──が観察という営みである。しかし、この区別の操作は、原理的には無限の再帰的反復を生み、終わることがない。Aが非Aとの差異によってしかその意味を獲得できないなら、非Aもまた非・非Aとの差異によってしかそれが何であるかを知ることはできないからだ。つまり観察は、その観察を可能にしている区別そのもの(すなわち世界)を、その観察と同時に観察していなければならない、ということである。…われわれは『あるもの』を『あるものではないもの』から区別するという営み、すなわち観察をたえまなく行なっている。その不断の営みは、いわば不断のパラドクスの遂行であり、同時にその隠蔽(=脱パラドクス化)である。生きているということは、ありそうもない観察という奇跡が、いつだっていとも簡単に達成されてしまっている、ということである。」
「ルーマンによれば、このパラドクスと脱パラドクスの同時化は<できごと>において可能になっている。」
「<できごと>は、いわば常に『動き』においてのみ把握されるものである。このことが、<できごと>において現れる他者について考える時、決定的に重要なことである。なぜなら、<できごと>において現れる他者、私が生き生きとした現在を共有している他者は、この私から離れていく、逃れていくというかたちでしか捉えることができないからだ。『離れていく』『逃れていく』という『動き』の中で、はじめて私は他者と共存しうるのである。」
上記の断片的な引用は、社会学者ニコラス・ルーマンの世界観を「ありそうなもののありそうもなさ」と訳した上で、彼の主張を解説した吉澤夏子による文章の一部である。門外漢の私にはその意味の全容を理解することは難しかったが、この建物の設計にもどこか似たような手つきがあるように感じる。この建物には、A・非Aという対照的な関係が意図的にいくつも埋め込まれている。ビルディングタイプ:体育館というボリュームの大きさにも関わらず低層の建物高さ、フットプリント:楕円の屋根とギザギザの外壁、屋根:勾配のない陸屋根と波打つ幕板、室内のコンクリート壁:凹凸のない面なのにムラのある塗装、諸室:一般的なスペックなのにプロポーションと色は異常、バス停:一時的な待合所なのに重たいコンクリートの量塊、換気塔:滞在のためのベンチを備えた設備のオブジェクト、デザイン:建築家による設計にも関わらずコントロールされないたくさんの張り紙といった具合である。そして、それらA・非Aの関係が織りなすいくつもの「他でもありうる」という可能性の提示が、楕円のフットプリントを持つ体育施設というひたすらに動くことを求めてくる建物によって(サインも矢印が強調される!)、絶え間ない出来事が連続する一連の経験としてまとめ上げられていく。
高度な設計の手続きによって達成された「ありそうなもののありそうもないかたち」を体験することで、現代を生きる私たちはようやく日常生活のかけがえのなさを実感することができるのかもしれない。
【参考文献】
・ 吉澤夏子:世界の儚さの社会学-シュッツからルーマンへ-, 勁草書房, pp. 177-187, 2002.5
日常の裂け目としてのアート体験へ誘うエントランス
大規模な改修が現代的な感覚によってなされているにも関わらず、設計者の意図が全くと言ってよいほど感じられず、新旧の建物、内部と外部、まちと建築といった要素が驚くほどスムーズに連続していた。建築家の設計した建物を見に行くぞと意気込んでいた私にとってそれは肩透かしを食らうもので、この建物で感じる違和感のなさが妙に気になった。
最も象徴的なのはエントランスだ。帝冠様式の建物と掘り下げられたすり鉢状の広場の間にできる裂け目のような空間をエントランスとし、人々は吸い込まれるように建物の中へと入っていく。
「世界を瓦解させる亀裂や断層ではなく、世界に別の下敷きを当てて、眼のまえの世界をありうるもののひとつへと揺さぶり、世界の組成を別のかたちへとずらしてゆく、その手がかりとなるようなすきまが、かつて街のそこかしこにあった。」
哲学者の鷲田清一はアートを「『別の世界』への想像を駆る都市のすきま」に代わるものとして見出す。日常生活と距離が近く開かれた美術館が今日求められる中で、それでもアートが日常から一線を越える体験であるためにはどのような器が必要か? 格式高い建物と人懐っこい広場の間に偶然できたかのようにある裂け目としてのエントランスは、日常的でありながら非日常を提供することを目論む現代の美術館に相応しい構えが実現されているように感じた。
【参考文献】
・ 鷲田清一:想像のレッスン, NTT出版株式会社, pp. 33-36, 2005.10
列車のための空間
初出:建築ジャーナル 2023年1月号「駅と鉄道」
「まもなく終着、旭川です。どちら様も忘れ物のないようお支度ください。」
車内のアナウンスとともに、札幌から出発した列車は長く続いた森の区間から一気に旭川のまちへ入っていく。車窓の景色がダイナミックに変わるので、降車の心づもりがいつもごく自然にできている。ただ、これは私が特急列車に乗ったときによく感じることなのだが、アナウンスの「まもなく」は思ったよりも長い。到着を待ちわびる気持ちが募り、住宅が続く景色に焦らされているような気分になったところで、ようやく列車は旭川駅のプラットホームへ入っていく。プラットホームは、メタリックかつモノトーンな質感で実に印象的だ。そして、このプラットホームでの体験が旭川駅を他の駅舎とは一線を画すユニークなものへと仕立てている。
旭川駅は、東西を走る高架線路に、幅180m、奥行き60m、高さ12.5mの大屋根とカーテンウォールが架けられており、この架構が駅舎のデザインを決定づけている。くだんのプラットホームでは、鉄骨の立体トラスで構成される大屋根を20本の特徴的な四叉柱が支えており、建物の架構そのものが純粋に体感できるようになっている。具体的には、鈍いグレーで塗られた鉄骨トラスは天井や配管に遮られることなくその全てが視界に入り、また、上方に向けて広がる白い四叉柱が視線をトラスへと誘導する。さらに、プラットホームで聞こえる音環境も特徴的で、抜けのある大きな気績によって列車のエンジン音やブレーキ音、場内のアナウンスなど様々な音が響き渡り、架構がもたらす体験をしっかりと記憶に定着させてくれる。
一方、1階のコンコースの空間は、滞在や居心地の質が重視される近年の駅舎に比べるとやや物足りなさを感じるのは私だけだろうか。人や什器の存在感が希薄だ。それは、高架下の空間を平面的にも断面的にも一体的に開けることでできた大きな気績はもちろんのこと、切符の券売機や窓口、待合室やキオスクなどの諸室が板張りで仕上げられたセンターコアの中に機能的にも意匠的にも周到に収められている影響が大きい。そのせいか、コンコース内に数多く設置された上質な旭川家具や、駅舎の竣工後しばらくしてから開業した直結型のイオンでさえ、それらの印象はどこか希薄で、おおらかな建物が常に前景化している。
こうした旭川駅の特質を強引にまとめるなら、物言わぬモノたちがささやく建築体験を聴いている感覚とでも言えるだろうか。鉄骨が、板張りが、列車が、意志を持っているかのように各々の存在を主張しているように感じられる。ルイス・カーンが言った「あなたは煉瓦にこう問いかけます。『あなたは何になりたいんだ』と。煉瓦は答えます。『私はアーチが好きだ』」のその声がまさに聴こえてくる感覚だ[1]。それは、列車の寸法によって決められた架構のスケールを直接的に体感できるデザインを通じて、人や什器といったヒューマンスケールのモノたちの存在が弱まり(それらは普段は騒がしくもある)、同時に鉄骨や板張り、列車といった建物を構成する(普段は意識にのぼることの少ない)モノたちの存在が相対的に強まることで実現されている。
設計者の内藤廣は、漢字の成り立ちが記されている白川静の「常用字解」をよく見返しているそうだ[2]。私も試しに駅の項目を開いてみると、「駅とは長い道路によって連なる『うまや』をいう」とある[3]。「うまや」とは馬小屋であり、現代において馬は列車である。なるほど、確かに旭川駅でその存在が一番目立っているのは列車である。なによりプラットホームを出入りする列車は、私には他のどの駅よりも生き生きとした音を発しているように感じられる。つまるところ、旭川駅は列車のための空間であり、現代の「うまや」としての駅に相応しい。
【参考文献】
[1] ルイス・カーン, 前田忠直(訳):ルイス・カーン建築論集, SD選書248, 鹿島出版会, p. 8, 1992.10
[2] 内藤廣, 中島佑介:建築家のライブラリー 第4回 内藤廣(内藤廣建築設計事務所), 新建築オンライン, 2022.08, https://shinkenchiku.online/column/5661/ (2022.11.20参照)
[3] 白川静:常用字解, 平凡社, p. 29, 2003.12
縮退と荘厳のチグハグな結実
かつて炭鉱で栄えたまちの駅。日本の近代化を支えた石炭は、それを運ぶための鉄道も重要な役割を担った。そうしたまちの栄華や歴史を現代に生きる人々へ伝えることができるよう、この駅では鉄道レールを窓の方立に利用したり、人々の名前が刻印されたレンガが外壁に使用されていたりする。
「…どこかチグハグな感じというか、噛み合わない感じを音楽にできたら良いなと考えていたのはありますね。『離婚から始まる恋』というのは、恋愛関係が解消される「別れ」と、そこから「始まる恋」という、ある種の両義性が短い言葉のなかにぎゅっと詰まっているのが面白い、だから「別れの歌」にも「恋が始まる歌」にも聴こえるようなものを作りたいと思いました。でも、そこから出来上がるまで、いろいろな試行錯誤があって、今までのなかで一番作るのが難しかったですね。」
米津玄師は転調によって楽曲が展開していく「Pale Blue」について上記のように語っている。コメントを読んで楽曲を聴き直すと、ワルツやマーチなど一見して噛み合わないリズムやメロディーが力強く組み合わさることで、失恋してもなお一層強くなっていく相手への思いが確かに伝わるものになっているのだと気付かされる。
この駅も、急激な拡大と縮小によってスポンジ化した現在のまちの風景と見比べると、美術館のような荘厳な駅はとどこか噛み合わない印象がある。しかし、体感からは不自然な感じは決してなく、行き交う人々も日常的な風景の一部として駅を使っている。そこには、縮退するまちと荘厳な駅がまちの記憶を通じて独特なかたちで結実することによって、そしてそうすることによってのみ感じられる、切実なまちへの愛着や過去への敬意のようなものがあるのかもしれない。
【参考文献】
・ Yosioka, H.:米津玄師インタビュー!新曲「Pale Blue」への思い、恋愛観、そしてポップソングへのこだわりについて語った。, Vogue Japan, 2021.6.11,
https://www.vogue.co.jp/celebrity/article/kenshi-yonezu-interview-pale-blue (2024年5月20日閲覧)
エレメントのバラバラな共存をまとめる方向性
この建物では、様々なエレメントがバラバラに共存している。グリッドで配置される柱、外周部のブレース、屋根と切り離された諸室の壁、本棚などがそれぞれのルールでレイアウトされている。そしてこの建物では、方向性を持った平面と屋根によってそれらのエレメントが緩やかにまとめられる。具体的には、エントランスから奥へと狭まっていく台形平面と奥に行くに従い高くなっていく傾斜する屋根、加えてこれらの方向性を強調するように天井のルーバーがレイヤーのような奥行きある空間をつくり、エレメントの自由な振る舞いが散り散りに発散しないよう緩やかな秩序をつくり上げている。
「止まって休んでいる時ではなく、移動中に環境を見ることはたしかだ。立ち止まっている時よりも動いている時の方が、おそらくよく見える。静止したイメージはカメラだけに必要なものだ。…ひとつの物や住んでいるところの全体は、どこにも固定していない観察点から見ることができる。」
動物や自然といった生態上で起きている現象から新たな幾何学を構想したジェームズ・ギブソンは、移動にこそ知覚の根拠があるとした。この見方に従ったとき、建物の経験を豊かにする設計のあり方には、移動の方向性を定めた上でエレメントをバラバラに配置するというアプローチが考えられる。このとき、大きな移動の方向性を用意することは建物の大まかな雰囲気をかたちづくることであり、モノのレイアウトはそれぞれのルールで、むしろモノそれぞれの自由なレイアウトが様々な眺めを持つ手応えのある建物につながる。設計者によると、この建物は「小さなまち」のような複合施設になることを目指したそうだ。確かにこの建物の経験は、道に従って歩き回ることでだんだんとそのまちのことがわかっていく、まちを知るときの感覚に似ていたように思う。
【参考文献】
・ Gibson, J.J.: The Ecological Approach to Visual Perception, p.197, LEA, 1979(日本語訳は、佐々木正人:あらゆるところに同時にいる-アフォーダンスの幾何学-, p. 34, 2020.3を参照)
切実な人懐こさ
東日本大震災からの災害復旧のシンボルとして、防潮堤の上に建てられた気仙沼市にある交流拠点。公共性の強い建物ながらキャッチーなデザインが際立っており、建物の立地や建設の背景とは裏腹の人懐こさが一貫して建物に備わっている。波型あるいは懸垂曲面の屋根、網状の梁、杉材ルーバーの外壁、ウッドデッキ、多種多様な照明、カラフルな什器など、誤解をおそれずに言えば商業施設で用いられそうなデザインとすら感じる賑やかさが随所にみられる。
「これに対してぬいぐるみはまず柔らかくないといけない。だが、その条件によって、動物の姿形を精巧に再現することに関してはハンデを負っている。きっちりとした印象強い輪郭を描けないからだ。しかしそのハンデは柔らかさだけが再現できるある感覚──動物との想像的なスキンシップみたいなもの──に対してはメリットに転じる。」
残酷な津波被害にもかかわらず、それでも「海と生きる」と復興スローガンで見得を切った気仙沼の切実な選択は、中心地の入り江でその象徴となるような風景を作り出していた。それは、復興事業として建設される“堅い”防潮堤の上に建つという条件の中で、可愛げのある人懐こいデザインだけが再現できる親密感や安心感によって、再び海との接点を見出していこうとするものだったように感じられる。
【参考文献】
・ アトリエ・ワン:空間の響き/響きの空間(現代建築家コンセプト・シリーズ5), p.34, INAX出版, 2016.8
交通誘導する建物のフットプリント
架構の中で例外的に付与されるバッファー
7,200mmの架構でつくられた過不足のないジャストなスケールが寒冷地である北海道の建築に相応しく、加えて小学校という教室の反復で構成されるビルディングタイプを成立させる上でも重要な働きをしている。ただ、明快なグリッドでつくられたこの建物には、唯一と言って良い例外的な寸法を与えられる場所がある。それは、この建物の象徴となる吹き抜けと教室をつなぐ間に設けられたバッファーで、ここだけ2,700mmの寸法になる。具体的にこれらのスペースは、1階はワークスペース、2階は廊下になっているほか、これらの場所には吹き抜けに設けられたトップライトから北面からの拡散光が目一杯降り注ぐよう慎重に屋根の勾配がデザインされている。
「形式の外にいられるように錯覚することが自由なのではない。形式の中にしかいることができないにもかかわらず、その外があるとして物事を行うこと。それが自由という言葉の本来の意味だと思う。」
青木淳による「原っぱと遊園地」の中に上記のようなフレーズがある。この建物の吹き抜け周りの空間は、設計者によって「ひかりの原っぱ」と命名されている。建築を成立させるための架構の中で例外的に設けられるヒューマンスケールな空間は、架構との間で緊張関係をもたらし、それによって身体や気持ちがふいに自由になるような軽やかな空間が実現されているように感じた。
【参考文献】
・ 青木淳:原っぱと遊園地-建築にとってその場の質とは何か-, 王国社, pp. 182-183, 2004
白くてツルツルしたお好み焼き
モダンアートを誰もが気軽に親しむことのできるよう設計された美術館。廊下をなくして正円や正方形の単純な室のみで構成し、ガラスとホワイトキューブのみで構成されるかのように見える素材の見え方を追求することで、この建物はどこまでもシンプルでわかりやすく、ハードルを感じさせない気軽さが美術館全体に行き渡っている。
「素材、道具、スキルがシンプルで簡単でどこでも手に入るため、『いっちょやってみるか』となりやすい。お好み焼きの単価は比較的安いので多くの人がアクセスしやすい。そのことによって店ごとにさまざまな出来事が起こる。店によっては焼くのは客任せで、フィニッシュを預けてしまっているがゆえ、もはや誰がつくったのかわからない状態になっている。鉄板から直接食べることによってソースの焦げる匂いや音をダイレクトに感じ取り、温かいまま食べることができる。」
関西を拠点に建築の協働性を追求する建築家集団dot architectsの家成俊勝は、お好み焼きの魅力を上記のように語り、自分たちが目指すべき建築像と重ねる。この美術館も、近代的な見た目でありつつも、どこかそのたたずまいはお好み焼きと似ていなくもない、軽やかな親しみやすさをまとっている。
【参考文献】
・ 家成俊勝:ドットアーキテクツ 山で木を切り舟にして海に乗る (現代建築家コンセプト・シリーズ), LIXIL出版, p.50-51, 2020.10
喰い尽くされない幾何学
津波による深刻な土地被害からの災害復旧では土木による地盤のコントロールが支配的になるものの、この学校では設計者による度重なる建築的介入によってヒューマンスケールな環境が構築されている。それは、モジュールの徹底によって幾何学を浮かび上がらせることだった(10+1に掲載される青木淳による解説が詳しく発見が多い)。斜面に建てられる学校に対し地盤面と建物の床レベルがぴったり同じになるよう設定し、建物とオープンスペースの市松配置や階をまたいで開けられる窓によって、建築の幾何学が視覚的かつ経験的に体感できるようになっている。
「千尋が主人公である資格は、実は喰い尽くされない力にあるといえる。決して、美少女であったり、類まれな心の持ち主だから主人公になるのではない。その点が、この作品の特長であり、だからまた、十歳の女の子達のための映画でもあり得るのである。」
宮崎駿は映画「千と千尋の神隠し」の主人公・千尋を上記のように説明しており、この建物にもそんな赴きがある。それは、災害復旧の中で建築設計にできることを慎重に見定めた結果、建築設計が本来持っている寸法調整という手続きをひたすらに繰り返すことで実現されているように思われる。津波災害という抜きさしならない危機の中で、地域に溶け込みながらも決して埋没せず、海に向かってしゃんと立つ建物がそこにあった。
【参考文献】
・ 青木淳:シン・ケンチク, 10+1-乾久美子『Inui Architects』刊行記念特集-, 2019.8,
https://www.10plus1.jp/monthly/2019/08/issue-02.php(2022.6.20参照)
・ 宮崎駿:折り返し点-1997~2008-, 岩波書店, 2008.7
読書のためのテリトリー
設計者が提案したボックスをスロープが取り囲むという建物の構成は、市民との参加型のワークショップを通じてドラスティックに変形した結果、この建物には偶然できたかのような小さなスペースが至るところに出現した。加えて、クッション性のある什器が場所に呼応するように多様なバリエーションで置かれ、利用者は自らの必要に応じて、それぞれの場所を設えている。
「生活領域とは、ある個人なり集団が、自分あるいは自分たちのものという意識をもち、そこを支配するところの一定の空間である。この定義は、自分のものという『領域意識』と『空間の支配』の二つの要素から成っている。…『支配』には、大きく二つの意味がある。一つは、前述したように、他人の侵入を適切に管理するという意味である。もう一つは、掃除や手入れ、調度品等のしつらえ、あるいは修繕や改築など、その場所を自分の意のままにできるという意味である。」
公共施設は不特定多数が利用するため、当事者性を獲得しづらく自分の空間をつくりにくい。しかし、この建物は、斜めの床と天井によってつくられる小さなスペースが領域意識を持ちやすく、手触りのある什器を移動させることによって自分なりの空間をつくることができる。そのため、公共施設でありながらも利用者は自らのテリトリーをつくり出すことに成功している。
読書は、自らを物語の世界に投げ入れる行為である。この建物で自分の場所を選び、設えることでテリトリーをつくり出す行為は、一人ひとりが本を開いてその領域に入り込んでいくための所作としてごくごく自然に機能していた。
【参考文献】
・ 小林秀樹:集住のなわばり学, 彰国社, p.29, 1992.8
空間とはなんだろう?
様々なものに包囲されるとできる実体のないもの。
実体はないが、そこには必ず固有の質が備わる。
私たちはいつもそれとなしにその中に浸って日々を過ごしている。
それは、物体でも機能でも様式でも美醜でも心地でも経験でもデザインでもない。
しかし、そのどれもが空間を構成する要素であり、むしろそうした様々な諸関係からなる総体的なあり方にこそ空間を名指す意味が生まれる。
「モノやカタチを追求することを造形主義と呼び、モノやカタチではなくコトを追求することをとりあえず活動主義と呼ぶなら、くうきへの道は、両側にあるそのどちらの谷にも転落しない隘路を行くこと、である。表現に陥りそうになる寸前で踏みとどまり、意味が発生しそうになったらはぐらかし、造形主義にはまりそうになったら逃げ、活動主義になりそうになったら引き返す。おっとっと。」
現代建築の設計者の中でもとりわけ空間にこだわっていると個人的に感じる設計者の一人の青木淳は、空間の質を独自に「くうき」と呼び、それをデザインする難しさを上記のように述べている。
空間とはなんだろう?差し迫って重要だと思われるのは、「木を見て森を見ず」でいう森に気づけるかどうかだ。そもそも私たちは対象を遠くから眺めてさえいない。木々の中にいながらにして森の存在に気づく、そんな想像力が必要だ。
* このページは、筆者による現代建築の経験をもとに、それと類似する印象を持った文章を使いながら空間の質を“類推”していくことで、実体のない空間を何とかとらえようと言葉にしたものをまとめています。
【参考文献】
・ 青木淳:愚鈍に惑う, くうきをつくる, pp. 87-105, 2024.5